■40年振りの中学校
長女が小学校を卒業し、地元の公立中学校へ進学しました。
私が中学生だったのは約40年前。
当時と比べると、中学生を取り巻く環境や学校生活は大きく変わっています。
入学して間もない5月、体育祭が開催されましたので、様子を見に行ってきました。
今回は、「令和の中学校の体育祭」の一例として、印象に残ったことをご紹介します。
■令和時代の体育祭
① 生徒の手づくり感が満載
会場に到着したのが開会式の途中だったため、
校長先生のお話は聞き逃してしまいました。
しかし、応援団長の挨拶がとても印象的でした。
「運動が苦手な人もいるかもしれません。
でも、そんなことは関係ありません。
みんなで楽しみましょう!」
台本を読み上げるのではなく、自分の言葉で力強く呼びかける姿に感心しました。
体育やお祭り騒ぎが苦手な人にも自然と目を向ける内容で、
「全員でつくる体育祭」という考え方がよく伝わってきました。
閉会式でも、司会進行や挨拶、吹奏楽の演奏まで、
生徒が主体となって進めていました。
学校行事を自分たちの手でつくり上げている様子が印象的でした。
② 学級対抗だからこそ全員が主役
校舎には「赤組○点・白組○点」と得点が掲示され、紅白対抗の形式でした。
しかし実際には、競技の多くは各学年がクラスごとに色分けされ、
順位を競っていました。
5人一組で竹の棒を抱えて走る競技では、
息を合わせなければ前に進めません。
クラス対抗リレーでは、足の速い人だけでなく、走るのが得意ではない生徒も
バトンを次へつなぐために一生懸命走ります。
勝敗だけでなく、「みんなで参加すること」に価値が置かれている
体育祭だと感じました。
③ 大人は黒子に徹する
後日、保護者面談で担任の先生から体育祭準備のお話を伺いました。
生徒主体とはいえ、完全に任せきりではまとまりません。
そのため先生方は、生徒が自分たちで考えていると感じられるよう支えながら、
必要な場面ではさりげなく方向性を示しているそうです。
主体性を尊重しつつ、行事としてきちんと成功するよう土台を整える。
一歩引いた立場から子どもたちを支える先生方の姿勢に、
大きな工夫と苦労を感じました。
■おわりに
体育祭は平日の午前中の開催でしたが、多くの保護者が応援に訪れていました。
保護者が昼前に解散した後、生徒たちは給食を食べ、
解団式を行って体育祭を締めくくったそうです。
40年前の私は、先生に言われたことを「やらされ感」満載で、
それでもそこそこ楽しみながら取り組んでいたような気がします。
一方、今回の体育祭では、生徒が自分たちの言葉で語り、
自分たちの手で行事をつくり上げようとする姿が印象に残りました。
もちろん、その陰では先生方が黒子として支え、行事全体をうまく導いています。
40年という時の流れの中で、学校教育も少しずつ変化してきたのでしょう。
生徒の主体性を大切に育もうとする学校の姿勢を感じた、
令和時代の体育祭の一日でした。

